気ままな読書日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 続・「馬の骨」の遣い手

<<   作成日時 : 2005/09/26 00:44   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 1 / コメント 6

しつこく「馬の骨」である(^_^;)
ドラマを見ながら原作を引っ張り出してきたのだが、そのようなある種不毛な行動を取ってしまったのは、一つにはNHK金曜時代劇のドラマ化が面白かったせいである。おそらく、遣い手に諸説あることなどスタッフは承知しているのだろう。

以下、例によってネタバレに触れるのでご注意(^_^;)

ドラマの放送をあと一回残したところだが、あくまで私の主観では、矢野藤蔵に伏線を張ってあるような気がする。その他行間というか段落間を巧みに埋めていて、ある意味、小説そのものよりも親切である。
(そうそう、時々「ドラマは原作に忠実でなければダメ云々」の意見を見かけるが、この作品については、原作に忠実であったら破綻してしまうのではなかろうか(^_^;))

小説の「遣い手」について、矢野藤蔵であった場合にやや不自然ではないかと思うのは、藤蔵が藩主お抱え暗殺者であったら、わざわざ父の高弟を呼び寄せて指示を与える必要がないのではないか、ということである。遣い手などおりません、で押し通しておけば一番簡単である。ただ、それを言ったら物語が始まらないが(汗)
その5人の高弟が集まった後の話、主に北爪の発言によるが、そのあたりを読む限り、孫之丞or北爪>藤蔵 という力関係に読める。北爪が銀次郎をあっさりひねり、そして赤松織衛に北爪は負傷させられ、その前に孫之丞なら赤松とどうか、と言われているのを思うと、藤蔵ではちょっと??父の高弟たちを欺けるなら、誠実に見える藤蔵が実は喰えないところもあるのだという描写が欲しかったかも。

要するに、謎解きで一番はまるのは兼子庄六なのであろう(^_^;)みもふたもないが。
庄六については伏線が張られており、そしてこの場合の長所は、誰も嘘をつく必要がなくなることである。藤蔵は、本当に継承者を知らなかったのであり、わざと銀次郎に負けたわけでもない、まして、北爪の怪我が仮病だとかそういうこともなく。
(もちろん、ケチをつけようと思えばつけられる。銀次郎の努力はなんだったのか、とか。。。)

さて、庄六がそうだとすると、遣い手ではないかとの疑いも濃い北爪のポジションは明らかになる。実は「当て馬」だったのであろう。5人の高弟の中では一番可能性が高い、と。ついでながら、名家の当主の北爪と、どこの馬の骨かも知れない(?厄介叔父らしいが)庄六との対比として捉えても面白いかも。
その上で、単行本化に際して庄六が遣い手の地位から降り、伏線の乏しい藤蔵がそれに替わったため、北爪関連の怪しげな描写が目立ったのが「北爪遣い手説」を結構有力にしているのではないかと思う。赤松を倒した相手の描写を変えれば、遣い手は(アリバイのない者は)誰でも良いことになってしまって、しかも北爪については体格の相違で除外されているのではなかったりする。

ところで、この小説における北爪の果たす役割は、はっきり言って「駆け込み寺」、銀次郎が敵に襲われながら小出帯刀の悪事を伝える相手であろう。『蝉しぐれ』の加治織部の役に近いものである。これについて、加治と秘剣伝授と避難先というのはご都合主義ではないか、と一瞬思ったことがあるのだが(汗)、まあ、この件についてもある程度そういう点はあるにせよ(滝汗)遣い手かも?の疑惑で(それと変人呼ばわりされているキャラで?登場人物にあれこれ言われている割にはまともにも見えるが)、何とか話をつなげたということか。
(ついでながら、長坂は「ものさし」とでも言おうか、私の読む限り、孫之丞>北爪≧権平、そして庄六≧権平が示唆されている)

ただ、北爪については後半での陰の狂言回し的なところがあり、物語に占める役割が大きくなりすぎているところはあるような気はする。馬の骨問題についても、「馬の骨はないと思う」ではなく、「ない」と言い切っているようなあたりも(ちなみにドラマでは「いないと思う」と言い換えられていてびびった)、表裏の事情を知っているように思われ、描写の厳格さを求めるなら、まだ謎が残っているように思われる。強いて一つの解釈を挙げれば、「暗殺剣・秘太刀馬の骨」ではなく、「名もなき者が使った剣」解釈へのシフトということだろうか。

時代小説ワールド

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 6
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
秘太刀馬の骨(再読)
先日、NHKのドラマ「秘太刀 馬の骨」が完結した。前回の内野主演の「蝉しぐれ」が傑作だっただけに、今回もかなり期待して見始めた。「秘太刀 馬の骨」は過去の日記を見てみたら、丁度1年前に読んでいたようである。それからドラマをやると知った時に再読したせいか、場... ...続きを見る
書評
2005/10/17 17:27

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
ご無沙汰です。
終わってしまいましたね。
公式ページの掲示板ではかなり賛否両論のようですね。
正直、最初はかなり違和感があったのですが、
原作を全く知らないで観た人は、かなり面白かったのでは?と思いました。

役者の方々が皆かなり力を入れているのが解ったのが、この作品の良さだったと思います。
自分も何やかんや言って、段々面白くなって観てました。
では、また。

http://plaza.rakuten.co.jp/syohyo/


tarkish
2005/10/03 18:41
tarkishさま、わざわざありがとうございます。
もともとこの作品は原作を変えなければドラマには出来ないと思っていたので、娯楽路線でもあり、原作と違う云々はさほど気になりませんでした。

私も実は、当初はこれで良いのかなあ、個性派俳優さんたちはいいけど、、、と思っていたのですが、別のところでも書いてますように、北爪平九郎(と「小車」)が良かったので、高評価とすることに決めました。

木剣の殺陣、そしてまるで吊ってあるような月とか、描いてあるように見える背景とかがクセになったらどうしよう、と心配してます(^_^;)

そちらに掲示板があったのに気が付きませんでした。こっそり覗いてみます(^_^)
やこめっち@管理人
2005/10/03 20:44
はじめまして。ドラマ馬の骨、おもしろかったです。蝉時雨 をTVで見て以来、藤沢ワールドの虜となり、ずいぶん作品を読みました。馬の骨 も、先に原作を読んでいたのですが、TVも楽しめました。
  ところで、原作のほうで、気になっている所が一ヵ所あります。それは、一番最後の章です。そこだけは伊助の語りとなっています。そして、気鬱を病んでいた杉江が、町で、浪人者をやっつけてしまいます。物語の最初のほうで、杉江は、小太刀の使い手であることは紹介されてますが、なぜ、一番最後にこんなエピソードを書いたのでしょう?
 皆さんの感想を、お聞きしたいです。
マーちゃん
2005/10/06 01:17
マーちゃんさま(?)、コメントありがとうございます。
『蝉しぐれ』が放映された後、『秘太刀馬の骨』なんて連ドラ向きだなあ、とちょっと思ったことはありました。もちろん、どのような結末にするのかということがありましたが。

さて、いきなり核心というか興味深いというか難問ですね(笑)

とりあえずは、原作の狂言回しである半十郎の立場で考えてみると、銀次郎(家老の甥で、地方にいる人間からみたらヤな江戸もん?)のお守りをし、家庭の事情を抱えながら家老にこき使われ、派閥を抜けたり、藩の秘事に触れ、最後に北爪に頼まれ頑固な権平と孫之丞の説得を試み(ただ働きらしい?)、途中斬り合いに関わったりしたけれども、さて、抗争も一段落して「馬の骨」騒動もなかったことに、またこれまでの日常が戻ってきました、、、ではあんまりだ、この騒動を通じて何か救いのようなものが見つかれば、、、というので、杉江の回復に象徴される未来の希望が書かれているのかなあ、と、もしも国語の答案を書くならこんなところでしょうか?  (字数制限があるので続く)
やこめっち@管理人
2005/10/06 22:59
続きです。

「馬の骨」を見ることが出来たというのは半十郎にとっては必ずしもボーナスにはならないような気が、、、(というか、あれを見てしまった孫之丞の将来が心配ではないか!?)
ちょっと気になるのは、気鬱の病というのはそう簡単には完治するものではないのでは、と思わなくもないんですが、まあそれは不問にしておくのが良いでしょうか。

しかしながら、それが「小太刀をふるうことによって」表現されているのは何故か、ということですよね(^_^;)
出久根氏の解説といい、何かありそうな感じもしているのですが、もう少し考えをまとめてみます(^_^)
やこめっち@管理人
2005/10/06 23:01
本編に追記を書いてみました。
http://books.at.webry.info/200412/article_8.html
さて、暗殺剣としての「馬の骨」は封印されたわけですが(でもちょっと突っ込むと、北爪あたりおおよその事情がわかるんじゃなかろうか?)、一方でやはり名もなき者のふるう、人を生かすための秘剣としての「馬の骨」が最後のシーンに暗示されているかも知れません。あくまでも「暗示」であり、杉江は藩のお抱え暗殺者ではないと思っています。

この作品ではミステリーとしての遣い手は入れ替えられてますが、何故作者がそうしたのかと言えば、謎解きの犯人はさほど重要なことではない、遣い手は本来誰でも良いということでしょう。藤蔵だったとして、すべての謎が明らかになったのかと言えば、結末がどこかふわふわと拡散して行ったような感じがします。

『秘太刀馬の骨』は、作者の晩年の作品で、もしもこれがもっと若い頃に書かれていたら、もしかしたらピタリと10点満点の着地を決めてくるような最後だったかも知れないとも思います。良し悪しの問題ではなくてですね。
やこめっち@管理人
2005/10/10 16:38

コメントする help

ニックネーム
本 文
続・「馬の骨」の遣い手 気ままな読書日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる